飛行機を押す車「トーイングカー」とは?自力でバックできない理由を現役整備士が解説
飛行機は、自分の力でバックできません。
出発ゲートから動き出すとき、必ず車が押しています。飛行機を押す車の正体は、トーイングカーです。
現役の一等航空整備士である私・サクラが、あの車の種類と、なぜ飛行機にバックする機能が付いていないのかを解説します。じつは、無理やりバックさせる方法もあります。ただし、やるとエンジンが壊れます。
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飛行機を押す車は「トーイングカー」
出発ゲートで機体を後ろへ押し出す作業を、プッシュバックと呼びます。この作業をするのがトーイングカーです。
特徴は2つあります。とにかく重い。そして、とにかく力が強い。
空港で働く特殊車両は、航空会社も写真つきで紹介しています(JAL「空港の珍しい特殊車両が大集合!」)。

① トーバートラクター|棒でつないで押す
よく見かけるのがこちらです。
トーバーと呼ばれる棒を機体の前輪につなぎ、車体で押し出します。代表的な車両がコマツのWT500Eです。
- 車両重量:約50トン
- 出力:約300馬力
- ジャンボ機(B747)クラスも押せる
乗用車が1.5トン前後ですから、乗用車30台ぶんくらいの重さの車体で押していることになります。
なお、トーイングは機体の前輪を扱う作業です。前輪まわりの安全確認を1つ怠ると大事故になります。実際に起きた事例はノーズギア格納で機首着地!ロックピンの重要性に書きました。
② トーバーレストラクター|前輪を抱え上げて運ぶ
棒を使わないタイプもあります。
機体の前輪そのものを抱え上げ、持ち上げた状態で運びます。代表的な車両がゴールドホッファーのAST-1Xです。
- 自重:約30トン
- 出力:1,000kW(約1,360馬力)
- 最大600トンの機体まで対応(A380やB747も可能)
注目してほしいのは重さです。トーバー式より20トンも軽いのに、より大きな機体を動かせます。
理由は、前輪を持ち上げていることにあります。機体の重さの一部がトラクターにかかるため、タイヤが地面を強く押さえつけ、滑らずに力を伝えられます。棒でつなぐだけのトーバー式は、自分の車体の重さだけが頼りです。だから重くする必要があります。
| トーバートラクター | トーバーレストラクター | |
|---|---|---|
| 代表例 | コマツ WT500E | ゴールドホッファー AST-1X |
| つなぎ方 | トーバー(棒)でつなぐ | 前輪を抱え上げる |
| 自重 | 約50トン | 約30トン |
| 出力(馬力) | 約300馬力 | 約1,360馬力(1,000kW) |
| 押せる機体 | ジャンボ機(B747)クラスも押せる | 最大600トン(A380・B747も可能) |
| 力の出し方 | 車体の重さで踏ん張る | 機体の重さも利用する |
裏技を使えばバックできます。ただしエンジンが壊れます
飛行機に「バックする装置」は付いていません。それでも、理屈のうえでバックさせる方法はあります。
逆推力装置(スラストリバーサー)を使う方法です。

スラストリバーサーとは
エンジンの噴き出す空気の向きを、前方向へ変える装置です。パワーが通常と逆に出るため、機体を後ろへ動かす力が生まれます。
本来の用途は着陸のときです。接地した直後にスラストリバーサーを使うと速度が速く落ち、滑走路を使う距離を短くできます。
止まった状態で使うと、エンジンが壊れます
問題は、停止中に使ったときです。
止まっている飛行機でスラストリバーサーを作動させると、エンジンがストール(失速)して壊れます。自分が吐き出した空気を、自分で吸い込んでしまうためです。
着陸のときにストールしないのは、機体に速度があるからです。前から新しい空気がどんどん入ってくるため、吐き出した空気を吸い込みません。止まっているとその流れがありません。同じ装置でも、動いているかどうかで結果がまるで変わります。
航空機のエンジンは非常に高価です。バックのために壊すわけにはいきません。だから現場でこの方法を使うことはありません。

バックのためにエンジンを壊したら、それこそ大問題です。だから現場では、車に押してもらうのが当たり前なんです。
ただし、整備では止まった状態でテストします
点検のために、停止した状態でスラストリバーサーを作動させることがあります。
無条件でやるわけではありません。整備マニュアルで条件が決められています。
- アイドルパワーで行う(フルパワーは不可)
- 短時間で終える
- 風向きにも制限がある
「止まっているときは絶対に使えない」のではなく、「壊れない条件が決められている」というのが正確なところです。
そもそも、なぜバックする装置を付けないのか
ここまで読んで、こう思った方もいるはずです。「最初からバックできる装置を付ければいいのでは」と。
答えは重くなるからです。
飛行機には、飛ぶために必要最低限のものしか積んでいません。バックするための装置を付ければ、その重さのぶんだけ機体が重くなります。
これは飛行機にとって大問題です。重くなった分だけ、乗せられるお客様が減るからです。
飛行機が1回のフライトで運べる重さは決まっています。その枠を装置に使ってしまえば、お客様や貨物に使える枠が減ります。つまり収益が減ります。
地上でしか使わない機能のために、飛ぶための重さを削る。それなら車に押してもらったほうがいい。そういう設計思想です。
飛行機を押す車についてよくある質問
飛行機を押す車の名前は何ですか
トーイングカーです。棒でつなぐトーバートラクターと、前輪を抱え上げるトーバーレストラクターの2種類があります。
飛行機は本当にバックできないのですか
逆推力装置を使えば、理屈のうえでは可能です。ただし停止状態で使うとエンジンが壊れるため、実際には行いません。
なぜバックする装置を付けないのですか
重くなるからです。機体が重くなるとその分だけ乗せられるお客様が減り、収益が下がります。
トーイングカーとトーイングトラクターは違うものですか
航空機を牽引する車という意味では、ほぼ同じものを指します。呼び方の違いです。ただし物流や工場の世界では、荷物を載せた台車を引く車を「トーイングトラクター」と呼ぶこともあります。
まとめ:押してもらったほうが、合理的
飛行機が自分でバックしないのは、技術がないからではありません。そのほうが合理的だからです。
- 押す車=トーイングカー。トーバー式とトーバーレス式の2種類
- 逆推力装置を使えばバックは可能。ただしエンジンが壊れる
- バック装置を付けない理由は「重くなる」から
次にゲートで飛行機を見る機会があれば、前輪のあたりを見てみてください。50トンの車が、静かに巨体を押し出しています。
私と同じ一等航空整備士が書いた本もあります。
『現役航空整備士が書いたかなりマニアックな飛行機豆知識』です。
降着装置(車輪まわり)の章があります。前輪の仕組みをもっと知りたくなった方はどうぞ📕
地上に降りた飛行機がどうやって曲がるのかは、飛行機は地上でどうやって曲がる?にまとめました。

