羽田でANA機に接近⁉︎ 衝突を防いだTCASとは?現役整備士が解説
2026年8月4日の朝、羽田空港でANA機と国土交通省の飛行検査機が接近し、TCAS(ティーキャス)という装置が作動しました。ニュースでは「TCASが作動」とだけ書かれることが多いのですが、そもそもTCASとは何なのか、どんなときに何をしてくれるのか、ご存じでしょうか。この記事では現役の一等航空整備士である私が、今回の出来事の整理と、飛行機同士の衝突を防ぐTCASの仕組みをやさしく解説します。
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羽田で何が起きたのか
まず、報道されている事実を整理します(出典:Aviation Wire「国交省の検査機、羽田離陸直後ANA機に接近 TCAS作動」)。
- 2026年8月4日 午前6時ごろ、羽田空港での出来事
- 上海(浦東)発 羽田行きのANA NH968便(ボーイング767-300ER)が、着陸に向けて進入中だった
- そのとき近くを国土交通省航空局の飛行検査機(セスナ サイテーションCJ4)が飛行していた
- ANA機のTCASが作動し、パイロットがシステムの指示に従って回避操作を実施
- ANA機は東京湾上空を旋回して着陸をやり直し、定刻から25分遅れで到着
- 乗客187人・乗員10人の計197人が搭乗していたが、けが人はなし
ここで注目してほしいのは、相手が一般の自家用小型機ではなく国の飛行検査機だったことです。飛行検査機とは、空港の着陸誘導システムなどが正しく機能しているかを、実際に飛んで確認する専用の機体。空の安全を支える側の飛行機同士が接近した、という出来事でした。
【続報】国交省は「重大インシデント」に非該当と判断
この記事を書いたあとに続報が出ました。国土交通省航空局は8月5日、今回の接近について、航空法が定める「重大インシデント」には該当しないと判断しています(出典:Aviation Wire「飛行検査機のANA機接近、重大インシデント「非該当」=国交省」)。
理由は、双方の機長が相手機を確認できる状態にあり、重大な危険が差し迫った状況ではなかったこと。あわせて、当時の距離も公表されました。
- 最接近時の水平距離は1,106メートル、高度差は46メートル
- 最も接近したのは、飛行検査機がANA機の前方下方を横切った後
- ANA機に出たのはRA(回避指示)だったことが確定
重大インシデントに認定されなかったことで、運輸安全委員会(JTSB)による調査の対象外にもなりました。ただし航空局は「好ましい状況ではない」として、飛行検査機の運航の安全性を高める方針を示しています。
整備士の目線で言うと、「非該当=何も問題がなかった」ではありません。航空局は小型機の運航者向けの資料で「TCASが作動する状況を作らないことが重要」と注意喚起しています。今回はその航空局が飛ばす機体で、旅客機のRAが作動しました。制度上の線引きと、現場が引くべき線は別物です。
TCASとは?飛行機同士の衝突を防ぐ最後の砦
TCAS(Traffic alert and Collision Avoidance System)は、日本語では航空機衝突防止装置と呼ばれます。読み方は「ティーキャス」です。
その役割はシンプルで、近づいてくる他の飛行機を検知し、パイロットに知らせて、ぶつからないように導くこと。管制官が空の交通整理をしてくれていますが、それでも万一が起きたときに機体自身が身を守る仕組み、それがTCASです。
TCASは法律で装備が義務づけられている
TCASは「あると便利な装備」ではありません。航空法第60条、および航空法施行規則第147条に定められた、装備が義務づけられている装置です。
ただし例外もあります。小型機については、客席数や最大離陸重量によっては装備義務がないものも存在します。今回の飛行検査機が装備していたかどうかは、公表されていないため分かりません。
この「全部の機体が持っているとは限らない」という点は、TCASを理解するうえで大切なところです。
TCASはどうやって他の飛行機を見つけるのか
ここからは仕組みの話です。TCASは機体の上と下に専用のアンテナを持っています。このアンテナで電波をやりとりし、近くを飛ぶ他機の位置や高度を把握しています。
上下の両方にアンテナがあるのは、飛行機は水平方向だけでなく上下方向からも接近してくるからです。自分より高いところを飛ぶ機体も、低いところを飛ぶ機体も、まとめて捉える必要があります。今回のように、着陸のため降下してくる機体と、離陸して上昇していく機体が近づくケースでは、この上下の把握がまさに効いてきます。

飛行機は「前」だけ見ていればいいわけではないんです。上下も含めた立体的な空間を、常に見張っています。
警告は2段階ある:TA(警告)とRA(回避指示)
TCASの警告は、いきなり「避けろ」と言ってくるわけではありません。接近の度合いに応じて2段階に分かれています。

①TA(Traffic Advisory)=警告
まず出るのがTA、日本語でいう警告領域です。「この辺に他の機体がいますよ、注意してください」と知らせる段階で、パイロットに周囲への注意を促します。この時点では、まだ具体的な操作の指示は出ません。国交省航空局の資料では、TAは衝突のおそれの約25〜48秒前に出るとされています。
②RA(Resolution Advisory)=回避指示
さらに接近すると、次はRA、回避指示領域に入ります。ここまで来るとTCASは「上昇してください」「降下してください」と、具体的な回避操作を指示します。航空局の資料によると、RAが出るのは衝突のおそれの約15〜35秒前。さらに、RAが管制官の指示と食い違った場合でも、パイロットは原則としてRAに従うと定められています。人よりも機械を優先すると聞くと意外かもしれませんが、それだけ切迫した局面だということです。
しかもTCASは相手機のTCASとも情報をやりとりしていて、片方が上昇するなら、もう片方は降下するというように、互いの指示が食い違わないよう調整されます。両方が同じ方向に避けてしまっては意味がないからです。
今回の羽田の事例でANA機に出たのはRA(回避指示)だったことが、国交省の発表で確認されています。パイロットがその指示どおりに操作したことで、衝突は避けられました。TCASが設計どおりに働いた事例です。
「着陸をやり直した」ことの意味
今回ANA機は、回避操作のあと東京湾上空を旋回して、着陸をやり直しています。ニュースだけ読むと「トラブルで遅れた」と映るかもしれませんが、私たち航空関係者から見ると、これは正しい判断が正しく実行されたということです。
着陸のやり直し(ゴーアラウンド)は失敗ではありません。少しでも条件が整わなければ、無理をせずやり直す。25分の遅れは、その安全と引き換えに得られた時間です。乗客の立場では待たされて残念に感じるかもしれませんが、こういう判断ができる仕組みこそが、航空の安全を支えています。
【整備士の視点】TCASは”見えない装備”の代表格
TCASは、乗客の目に触れることがまずない装備です。座席からは見えませんし、順調に飛んでいれば作動することもありません。それでも常に働き続けています。
私自身、そして多くの航空整備士がTCASの仕組みを理解するために繰り返し読んできたのが、『これなら判る!?いちから始めるAvionics Lesson』という本です。航空機のシステムを基礎から順に解説してくれるので、「なんとなく知っている」を「人に説明できる」に変えてくれます。今回の話をもっと深く知りたい方には、自信を持っておすすめできる一冊です。
飛行機は、こうした見えない装備の積み重ねで守られています。鳥がぶつかったときに機体を点検するのも、同じ考え方です(バードストライクとは?機体の痕跡と点検のリアル)。
まとめ
- 2026年8月4日、羽田でANA機と国交省の飛行検査機が接近し、ANA機のTCASが作動。けが人はなし
- TCASは航空機衝突防止装置。航空法第60条・施行規則第147条で装備が義務づけられている(小型機は客席数や重量により義務がない場合も)
- 機体の上下にあるアンテナで、立体的に周囲の機体を把握している
- 警告は2段階。TA(警告)→ RA(回避指示)と進み、RAでは具体的な操作を指示。相手機と調整して逆方向に避ける
- 今回はRAまで入った可能性があり、パイロットの操作で衝突を回避したとみられる
航空ニュースを整備士の視点で読み解く記事は他にもあります。エンジンオイルの不具合で目的地を変更したJAL機の事例も、あわせてどうぞ。

