航空ニュース

対地接近警報装置とは?あの怖い警告音を現役整備士が解説

対地接近警報装置(EGPWS)の警告音を解説する記事のアイキャッチ。夜間に上昇して回避する旅客機とサクラ整備士のイラスト
sakura-engineer

2026年8月27日、運輸安全委員会が1本の調査報告書を公表しました。2024年4月7日の夜、米子空港へ着陸しようとしたANA機が、湖面から77mの高さまで降下した事案です。そのとき機体の中では、対地接近警報装置が警告音を鳴らしていました。(出典:運輸安全委員会 航空重大インシデント調査報告書 AI2026-3-1-JA69AN

対地接近警報装置は、私たち整備士が点検している装備のひとつです。テストのたびに、あの警告音を聞いています。この記事では装置の正体と、実際に鳴る音の中身を解説します。

※本記事にはアフィリエイト広告(PR)を含みます。

対地接近警報装置とは、地面への接近を音で知らせる装置です

対地接近警報装置は、飛行機が地面や水面に近づきすぎたとき、音声でパイロットに知らせる装置です。英語の頭文字をとってGPWS(Ground Proximity Warning System)と呼ばれます。

役割はひとつだけ。パイロットが気づく前に、機械が先に気づいて叫ぶことです。今回の米子の事案では、パイロット本人は「安定して降下している」と思っていました。装置のほうが早く危険に気づいています。

今の主流は、進化版のEGPWS

現在の旅客機に載っているのは、進化型のEGPWS(Enhanced Ground Proximity Warning System)です。米子の事案の機体にも搭載されていました。

従来のGPWSは、真下の地面までの距離だけを見ていました。EGPWSは全世界の地形データを機内に持っています。前方に山があれば、ぶつかる前に警告できます。

装置が見ているのは、海面からの高さではありません

対地接近警報装置が使うのは、機体の真下から地面までの実際の距離です。高度計が示す海面からの高さとは別ものになります。

米子空港のそばには中海が広がっています。今回の警報も、湖面までの距離を測って鳴りました。

あの怖い音の正体は「TOO LOW TERRAIN」でした

今回のANA機で鳴った音声は「TOO LOW TERRAIN(トゥー・ロウ・テレイン)」でした。報告書のDFDR記録に、はっきり残っています。

直訳すると「地面に対して低すぎる」。21時27分33秒と45秒の2回、機内に響きました。

「PULL UP」は音ではなく、計器に出る表示だった

映画やニュースの影響で、「PULL UP」という音声が鳴ると思っている方が多いはずです。今回の事案では違いました。

報告書によると、「PULL UP」はプライマリー・フライト・ディスプレイに表示された視覚の警報です。33秒から45秒までの13秒間、計器に出続けていました。音声で鳴ったのは「TOO LOW TERRAIN」のほうです。

警報には目で見るものと、耳で聞くものがあります。両方が同ときに出て、パイロットに危険を伝えます。

音を1回にとどめる機能もある

EGPWSには、オーディオ・デクラッター機能が備わっています。警報の条件に入っていても、音声を1回でとどめる仕組みです。

理由は、パイロットの負担を減らすためになります。鳴りっぱなしでは操作に集中できません。ただし高度がさらに20%下がるごとに、音声はもう一度鳴ります。今回2回鳴ったのは、機体がさらに降下したからです。

【整備士の視点】テストのたびに、私はビクッとします

対地接近警報装置は、定期的な試験の対象です。不具合の報告があったときにも、私たちがテストします。

テストを流すと、コックピットに「PULL UP」「TERRAIN」といった音声が実際に鳴ります。何度やってもビクッとします。分かっていても体が反応する音です。

装置はブラックボックス室にあります

対地接近警報装置が置かれているのは、ブラックボックス室と呼ばれる場所です。機体の頭脳にあたる装置が詰まった部屋になります。

乗客からは絶対に見えません。座席の下でもなく、翼でもなく、機体の奥にあります。

テストはコックピットから行います

点検はコックピットで実施します。機種によって手順は変わりますが、操縦席から装置を呼び出してテストを流す形です。

ブラックボックス室まで行って装置に触るわけではありません。装置が正しく動くかどうかは、操縦席で確認できるようになっています。

飛行中にこの音が鳴ったら、相当驚くと思います

私が聞いているのは、地上に駐機した機体でのテスト音です。安全な場所で、鳴ると分かった状態で聞いています。それでもビクッとします。

米子の夜、あの音は飛行中のコックピットで鳴りました。しかも高度は77m。私が想像しても、どれだけ驚いたかは追いつきません。

報告書には、機長の口述が残っています。「最初は誤報かと思った」という一文です。自分は300ft付近を安定して降下していると思っていたからでした。

米子で何が起きたのか

2024年4月7日の夜、羽田発米子行きのANA389便が米子空港へ着陸しようとしていました。運航はANAウイングス、機材はボーイング737-800です。乗客132人と乗員6人の計138人が乗っていました。

1回目の進入では滑走路が見えず、着陸をやり直しています。2回目の進入中に、対地接近警報装置が作動しました。けが人はゼロ、機体の損壊もありません

湖面77mまで降下し、警報が2回鳴りました

高度の推移は、報告書に秒単位で記録されています。

  • 21時27分33秒:高度270ft(約82m)で1回目の警報
  • 21時27分38秒:最低高度254ft(約77m)
  • 21時27分45秒:高度290ft(約88m)で2回目の警報

着陸に必要な高さではありません。滑走路が見えないまま、機体は中海の湖面へ近づいていました。

2人が見ていた円は、中心が違っていました

今回の事案で、私がいちばん怖いと感じた部分です。機長と副操縦士は、同じ計器を見ながら、違うものを見ていました。

機長はナビゲーション・ディスプレイに、2nmの円を表示しました。旋回の幅を測る目安にするためです。中心は滑走路25側に置いていました。

ところが機長が副操縦士に伝えたのは「円を表示した」という事実だけでした。副操縦士は、着陸する滑走路07側が円の中心だと思い込みます。同じ円を見ながら、2人の頭の中の位置は数百m単位でずれていました。

管制からの許可は周回進入でした。副操縦士は視認進入だと認識していました。ここでも2人の理解は一致していません。

人は間違えます。だから機械が最後に止めます

報告書を読んで私が受け取ったのは、誰かを責める話ではありませんでした。条件がそろえば、誰にでも起こりうるという警告です。

疲労と経験不足は、誰にでも起こります

機長は事案のあと、会社に疲労レポートを提出しています。そこには「長期の疲労蓄積があり、集中することが困難であった」と書かれていました。

当日は連続勤務の4日目。その日から遅い時間帯の勤務に変わっていました。ふだん寝ている時間に飛んでいたことになります。アレルギー性鼻炎の通院歴もあり、鼻が詰まって眠りが浅くなる日がありました。

副操縦士は約1か月ぶりの飛行でした。夜間の周回進入の経験はありません。しばらく操縦していないことは機長に伝えていましたが、夜間の周回進入が未経験だとは伝えていませんでした。

副操縦士は2度「低い」と指摘していました

報告書には、副操縦士が2度「低い」と機長に伝えた記録が残っています。1度目は降下開始が早いと感じたとき。2度目は水面に光が反射するのが見えたときでした。

声は上がっていました。それでも機体は降下を続けています。指摘が結果に結びつかなかったことが、この事案の重さです。

最後に止めたのは、対地接近警報装置でした。人の判断が届かなかった場所で、機械が働いています。

【整備士の視点】消えたボイスレコーダー

報告書には、装置の話とは別に、私たち整備士に向けた指摘が書かれていました。ボイスレコーダーの記録が残っていなかったという事実です。

運輸安全委員会は、こう記しています。「運航乗務員間のやり取りに関する客観的な資料を得ることができなかった」。事案の核心が2人の会話にあるのに、その会話が消えていました。

記録は2時間で上書きされます

当該機のCVR(操縦室音声記録装置)が記録できるのは、音声2時間分でした。容量がいっぱいになると、古い音から順に消えていきます。

米子の事案が起きたのは4月7日の夜。EGPWSが作動した事実は、その日の夜のうちに会社へ報告されていました。ところが翌日、別の乗務員がこの機体で米子から羽田まで1回飛んでいます。

飛行時間はおよそ1時間半。たった1便で、前夜の記録は上書きされました

サーキットブレーカーを落とせば、録音は守れます

録音を守る方法はあります。サーキットブレーカーを操作して、CVRの電源を切ることです。電源が入らなければ、上書きは起きません。

サーキットブレーカーの位置は機種によって変わります。コックピットにある機体もあれば、ブラックボックス室に置かれている機体もあります。私も操作したことがあります。

運輸安全委員会は報告書で、機体からCVRを取り卸すことが重要だと指摘しました。装置ごと外してしまう方法です。現場ではもっと早く、電源を切るだけでも記録は残せます。

操作するかどうかは、整備士個人では決められません

ここが、この話でいちばん誤解されやすい部分だと思います。整備士が現場の判断でCVRの電源を切るわけではありません。

実際の流れは、担当部署から整備現場へ依頼が来て、その依頼にもとづいて作業する形です。整備士が「今日は何かあったらしい」と察して勝手に落とすことはありません。

なぜ今回、CVRは守られなかったのか

ここから先は報告書に書かれていないため、現役整備士としての私の推測です

会社は当日の夜にEGPWSの作動を把握していました。それでもCVRは保全されていません。整備現場に依頼が届かなかった、つまり会社が「保全は不要」と判断してしまった可能性があると私は考えています。

もし依頼が出ていれば、翌朝の便が飛ぶ前にサーキットブレーカーを落とせました。作業自体は難しくありません。個々の整備士の落ち度ではなく、依頼を出す仕組みのほうに課題が残ったのだと思います。

運輸安全委員会は、25時間記録できるCVRへの変更が負担を軽くすると書き添えていました。2時間では、翌日を待たずに消えてしまうからです。

対地接近警報装置もCVRも、アビオニクスと呼ばれる分野の装備です。ブラックボックス室に並んでいる装置の多くが、この分野にあたります。私がアビオニクスを基礎から理解するために読んできたのが、次の一冊です。

対地接近警報装置についてよくある質問

GPWSとEGPWSは何が違いますか

地形データを持っているかどうかが違いです。GPWSは真下の地面までの距離だけを見ています。EGPWSは全世界の地形データを機内に持ち、前方の山にも反応できます。

GPWSの頭に付いたEは、Enhanced(強化された)の頭文字です。日本語では強化型対地接近警報装置と呼ばれます。今の旅客機に載っているのは、ほぼEGPWSになります。

対地接近警報装置は、すべての飛行機に付いていますか

旅客機には装備されています。小型機の場合は、機体の大きさや用途によって装備義務が変わります。

飛行機の安全装備には、こうした「機種によって載っている・載っていない」があります。全部の飛行機が同じ装備を持っているわけではありません。

警報が鳴ったら、必ず事故になりますか

なりません。米子の事案でも、けが人はゼロでした。

対地接近警報装置は、事故になる前に鳴る装置です。鳴った時点で、まだ間に合っています。パイロットが上昇操作をすれば回避できます。

乗客に警報の音は聞こえますか

聞こえません。警報が鳴るのはコックピットの中だけです。

客室にいる乗客が気づくとすれば、機体が急に上昇したときの動きくらいだと思います。着陸のやり直しは、そのあとに起こります。

まとめ

  • 対地接近警報装置は、地面や水面への接近を音声で知らせる装置
  • 米子の事案で鳴った音声は「TOO LOW TERRAIN」。「PULL UP」は計器の表示
  • 最低高度は254ft(約77m)。警報は2回作動し、けが人はゼロ
  • 機長と副操縦士は、同じ円を見ながら違う中心を思い描いていた
  • CVRの記録は翌日の1便で上書きされ、会話の記録は残らなかった

航空ニュースを整備士の視点で読み解く記ことは、ほかにもあります。羽田でANA機と国の飛行検査機が接近した事案では、TCASという別の装置が働きました。衝突を防ぐTCASについて書いた記事もあわせてどうぞ。

あわせて読みたい
羽田でANA機に接近⁉︎ 衝突を防いだTCASとは?現役整備士が解説
羽田でANA機に接近⁉︎ 衝突を防いだTCASとは?現役整備士が解説
ABOUT ME
サクラ
サクラ
一等航空整備士
一等航空整備士の資格を持つ、現役の航空整備士です。 日本国内はもちろん、海外でも整備士としての経験を積んできました。 日々、飛行機と向き合う中で感じたことや、現場で学んだリアルな知識を発信しています✈️ 航空ニュースの深掘りや、普段はあまり知られていない整備の裏側、そして空の魅力まで。 飛行機がもっと面白くなる、そんなきっかけを届けられたら嬉しいです。
記事URLをコピーしました