航空整備士の工具は約30本|1本無くすと飛行機が止まる理由を現役が解説
整備士の工具箱には、およそ30本の工具が入っています。作業のあと、私はその30本を1本ずつ数えます。1本でも足りなければ、飛行機は出発できません。
私自身、工具を無くしかけたことがあります。数え終えたときに血の気が引きました。この記事では、航空整備士の工具管理を現場の目線でお伝えします。
工具が1本足りないと、飛行機は本当に止まります
止まります。可能性ではなく、確実に止まります。
航空整備では、使った工具をすべて回収したか確認する決まりがあります。「ツールコントロール」と呼ばれる管理です。工具が1本でも見つからなければ、出発を止めて機内を捜索します。工具の管理の手順は、各社が整備規程として定めています。整備規程は国土交通省の認可を受けるもので、審査の基準も公開されています(参考:国土交通省 整備規程審査要領)。
機内に工具が残ると、機体を壊すおそれがあります
飛行中の機体は揺れます。残された工具は振動で動き回り、配線や油圧の配管を傷つけます。狭いすき間に入り込めば、操縦系統を動かなくすることもあります。
工具1本の重さは数百グラムです。その数百グラムが、乗客と乗員の命に届いてしまいます。
工具箱には約30本。数えるのは一人です
私の工具箱には、およそ30本の工具が入っています。数は機種や担当する作業によって変わります。
工具は会社からの貸与品です。自腹で買いそろえる必要はありません。「整備士になるには工具代がかかるのでは」と心配する方がいますが、その点は安心してください。
員数確認は、作業の前と後に一人で行います
作業を始める前に数え、終わったあとにもう一度数えます。この確認を「員数確認」と呼びます。
意外に思われるかもしれませんが、数えるのは一人です。二人で読み合わせをするわけではありません。自分の工具は自分で管理する、という考え方が基本にあります。
だからこそ、数える瞬間の集中が要ります。「たぶん全部ある」で通すと、あとで取り返しがつきません。
高所作業でも、工具にひもは付けません
翼の上や機体の高い場所でも、工具に落下防止のひもは付けていません。作業のじゃまになるからです。
落とさないようにするのではなく、落としても必ず気づく仕組みで守っています。その仕組みが員数確認です。
【体験談】私が工具を無くしたときの話

作業が終わり、工具箱を片づけながら員数確認をしていたときでした。レンチが1本足りません。
血の気が引きました。頭に浮かんだのは「機内に置いてきたかもしれない」という考えです。
探したのは5分。地面に落ちていました
最後に作業した場所へ戻りました。レンチは地面に落ちていました。見つかるまで5分もかかっていません。
そのレンチは、その日一度も使っていない工具でした。工具箱から出した記憶もありません。何かの拍子に落ちたようです。
飛行機はまだ出発前でした。遅延も起きていません。
この5分で分かったこと
使っていない工具でも落ちます。ここが怖いところです。「使った工具だけ確認すれば足りる」という考えでは、私は見つけられませんでした。
員数確認は、全部を数えるから意味があります。使ったかどうかで数える対象を選んだ瞬間、その仕組みは穴だらけになります。
5分で見つかったのは運が良かったからです。もし機内に落ちていたら、探す範囲は一気に広がります。座席の下、パネルのすき間、床の配線の奥まで見ることになります。5分では終わりません。
工具の紛失を防ぐ3つの仕組み
現場では、人の注意力に頼らない仕組みで工具を守っています。
シャドーボードで、抜けを目で見つける
シャドーボードは、工具の形をくり抜いたボードです。工具を置くと、無い工具の場所だけが影のように空きます。
数字を数える前に、目で見て気づけます。人は数え間違えますが、空いた穴は見落としにくいものです。
員数確認で、落としても気づく
作業前と作業後に数を合わせます。私がレンチを見つけられたのも、この確認があったからです。
識別番号で、誰の工具かを分かるようにする
工具には識別番号やカラーテープを付けます。万が一、機内から工具が見つかったとき、どの整備士のものかすぐに特定できます。
犯人探しのためではありません。同じ抜けが二度起きないように、原因まで戻れるようにするためです。
工具箱の外にある、航空整備の特殊な工具3つ
30本の工具箱に入るのは、レンチやドライバーといった手で使う工具です。航空整備には、それとは別に専用の機械があります。ホームセンターには置いていません。
超音波検査機|壊さずに、中の傷を見る
超音波検査機は、機体に超音波を当てて内部の傷を調べる機械です。分解も切断もせずに中を確認できるため、非破壊検査と呼ばれます。
使う場面のひとつがバードストライクのあとです。鳥がぶつかった機体は、外から見て凹んでいなくても、内部に傷が入っていることがあります。表面だけを見て判断はできません。
オシロスコープ|電気の波形を目で見る
オシロスコープは、電気信号を波形として画面に映す機械です。電子機器の点検で使います。
電気は目に見えません。テスターで測れるのは電圧などの数値だけです。オシロスコープを使うと、信号がどう変化しているかを形で確認できます。「動いてはいるが、どこかおかしい」を見つけるための道具になります。
音のカメラ|人に聞こえない空気漏れを、映像にする
私がいちばん驚いた機械が、音のカメラです。音を映像として表示します。
機体には空気の通る配管が多くあります。わずかな漏れは、人の耳では聞き取れません。音のカメラを向けると、漏れている場所が画面上に光って見えます。
人間に聞こえない音を、機械が見つけて、目に見える形にする。整備の現場には、こうした道具が普通に置いてあります。
整理整頓は、才能ではなく仕組みです
整備士が工具を無くさないのは、注意深い人が集まっているからではありません。数える手順が決まっているからです。
私がレンチを見つけられたのも、私の記憶力ではなく、員数確認という手順のおかげでした。
家でも使える3つの考え方
- 定位置を決める:どこに何を置くかを固定する。シャドーボードと同じ考え方
- 全部を確認する:使ったものだけでなく、全体を見る。使っていない工具が落ちていた話と同じ
- 気づける形にする:無くさない工夫より、無くしたら分かる工夫を先に作る
まとめ
- 工具が1本足りなければ、飛行機は出発しない
- 工具箱には約30本。会社からの貸与品で、自腹ではない
- 員数確認は作業の前後に一人で行う
- 高所でもひもは付けず、落としても気づく仕組みで守っている
- 私は使っていないレンチを落とし、5分で見つけた。出発前で遅延はなし
- 超音波検査機・オシロスコープ・音のカメラなど、専用の機械もある
整備士の仕ことは、工具を使う場面だけではありません。4種類ある仕事の全体像は航空整備士の仕事内容をまとめた記事で解説しています。

